この記事のポイント
日本とシンガポールの間の租税条約(2010年改正版発効)について、配当・利子・ロイヤリティ・キャピタルゲイン・年金の各条文を実務的に解説します。シンガポールはキャピタルゲイン税・相続税・贈与税がゼロで、日本人富裕層・起業家にとって最も税制面で有利な移住先の一つです。
出典は国税庁、外務省、シンガポール内国歳入庁(IRAS)の公式情報に基づきます(2026年3月時点)。
条約の基本情報
日本・シンガポール租税条約の正式名称は「所得に対する租税に関する日本国政府とシンガポール共和国政府との間の条約」です。1994年に旧条約が発効し、2010年4月26日に改正新条約が発効しました。
この条約は、日本とシンガポール間で発生する所得に対する二重課税を防止し、脱税を防ぐための基本ルールを定めています。
シンガポールの税制(日本との比較)
シンガポールが日本人移住者に人気がある最大の理由は税制です。
| 税目 | シンガポール | 日本 |
|---|---|---|
| 個人所得税 | 最高24% | 最高55%(住民税含む) |
| 法人税 | 17% | 実効33.6% |
| キャピタルゲイン税 | なし(0%) | 20.315% |
| 相続税 | なし(0%) | 最高55% |
| 贈与税 | なし(0%) | 最高55% |
| 配当課税 | シングルティア制で非課税 | 20.315% |
| GST(消費税) | 9% | 10% |
キャピタルゲイン税・相続税・贈与税がいずれもゼロという点が最大の特徴であり、資産家にとって極めて有利な税制環境です。
条文別の解説
居住者の定義(第4条)
税務上の居住者の判定はタイブレーカー規定で行われます。両国で居住者と判定される場合、以下の順序で優先国を決定します。
恒久的住居がある国 → 重要な利益の中心(vital interests)がある国 → 常用の住所がある国 → 国籍保有国の順です。
シンガポールへの移住を検討する場合、日本に住民票を残したままだと「二国間居住者」として問題が生じるリスクがあります。海外転出届の提出と住民票の抹消が重要です。一般的には、183日以上シンガポールに滞在することでシンガポールの税務居住者となります。
配当所得(第10条)
配当に対する源泉徴収税率の上限は以下の通りです。
受益者が法人で発行済株式の25%以上を直接保有する場合は 5%、その他の場合は 15% です。
日本法人からシンガポール居住者へ配当を支払う際、条約適用後の源泉税は最大15%です。一方、シンガポールでは配当受取時にシングルティア制により課税されません。日本の株式配当はシンガポール居住者であっても日本で20.315%源泉徴収されますが、外国税額控除を利用できます。
利子所得(第11条)
利子の源泉徴収税率の上限は 10% です。政府や中央銀行が受け取る利子は免税(0%)となります。
ロイヤリティ(第12条)
著作権使用料・特許料等のロイヤリティに対する源泉徴収税率の上限は 10% です。
キャピタルゲイン(第13条)— 最重要
不動産のキャピタルゲインは不動産所在地国で課税されます。一方、株式等の譲渡益は居住地国のみで課税 されます(不動産多数保有会社株式を除く)。
これが日本人にとって最も重要な条文です。シンガポール居住者が日本の株式を売却した場合、原則として条約によりシンガポールのみで課税されます。シンガポールはキャピタルゲイン税がゼロのため、実質的に非課税 となる可能性があります。
ただし、日本の出国税(国外転出時課税)に注意が必要です。1億円以上の金融資産を保有して日本を出国する場合、含み益に対して15.315%が課税されます。
給与所得(第15条)— 183日ルール
居住国以外での滞在が183日未満かつ、雇用主が滞在国の居住者でなく、恒久的施設(PE)が負担しない場合、居住地国のみで課税されます。
年金所得(第18条)
年金は受取人の居住する締約国においてのみ課税 されます。
日本の国民年金・厚生年金をシンガポール居住者が受け取る場合、原則としてシンガポールでのみ課税されます。シンガポールの個人所得税は最高24%で、日本の最高55%より大幅に低くなります。ただし、政府職員恩給は発生国(日本)で課税されます。
実践シナリオ
シナリオ1:シンガポール移住後に日本株式を売却
条約第13条により、居住地国(シンガポール)のみで課税されます。シンガポールはキャピタルゲイン税ゼロのため、実質非課税の可能性があります。ただし、出国税の適用可否と、日本での源泉徴収の取扱いを確認する必要があります。
シナリオ2:シンガポール居住者が日本の年金を受給
条約第18条により、シンガポールでのみ課税されます。シンガポールの個人所得税は最高24%です。日本で源泉徴収がある場合は外国税額控除手続きが必要です。
シナリオ3:シンガポール法人で日本向けビジネス
シンガポールの法人税は17%で日本の実効33.6%より低いですが、日本での恒久的施設(PE)の定義に注意が必要です。日本でのPE認定を避けるためには、実質的な経営をシンガポールで行う必要があります。CFC税制の適用リスクも検討してください。
出国税(国外転出時課税)との関係
2015年7月施行の国外転出時課税制度は、シンガポール移住を計画する富裕層にとって最も重要な論点です。
時価1億円以上の有価証券等を保有して日本を出国する場合、保有資産の含み益に対して 15.315% の所得税が課されます。2023年改正で、対象期間が出国前5年から10年に延長されました。
5年間の納税猶予制度(申請で10年延長可)があり、猶予期間内に帰国すれば課税が取り消されます。詳しくは出国税完全ガイドをご覧ください。
日本・マレーシア租税条約との比較
シンガポールとマレーシアの租税条約を比較すると、以下の違いがあります。
| 項目 | 日本・SG条約 | 日本・MY条約 |
|---|---|---|
| 配当(法人25%+保有) | 5% | 10% |
| 配当(その他) | 15% | 15% |
| 利子 | 10% | 10% |
| ロイヤリティ | 10% | 10% |
| キャピタルゲイン(株式) | 居住地国のみ | 居住地国のみ |
| 年金 | 居住地国のみ | 居住地国のみ |
| 移住先のCGT | 0% | 原則0%(不動産除く) |
| 移住先の相続税 | 0% | 0% |
法人配当の源泉税率はシンガポール(5%)の方がマレーシア(10%)より有利です。詳しくは日本・マレーシア租税条約ガイドをご覧ください。
よくある質問(FAQ)
Q1: シンガポールに移住すればキャピタルゲイン税がゼロになりますか?
条約上、株式の譲渡益は居住地国のみで課税されます。シンガポールの税務居住者であればCGTゼロですが、日本の出国税(1億円以上の金融資産)が先に課される可能性があります。出国前に税務専門家に相談してください。
Q2: 日本の年金をシンガポールで受け取る場合、日本で課税されますか?
条約第18条により、年金は居住地国(シンガポール)のみで課税されます。ただし日本側で源泉徴収がある場合は、外国税額控除の手続きが必要です。
Q3: シンガポールに会社を設立して日本の顧客にサービスを提供する場合の注意点は?
日本で恒久的施設(PE)と認定されるリスクがあります。PE認定を受けると日本でも法人税が課されます。実質的な経営判断・事業活動をシンガポールで行うことが重要です。
Q4: 出国税の納税猶予を利用する場合、何が必要ですか?
出国前に税務署に申請し、対象資産を担保として提供する必要があります。猶予期間は5年(申請で10年延長可)で、期間中は毎年12月31日時点の資産保有状況を届出する義務があります。
Q5: シンガポールの居住者判定はどのように行われますか?
一般的には183日以上シンガポールに滞在することで税務居住者となります。両国で居住者と判定される場合はタイブレーカー規定(恒久的住居→重要な利益の中心→常用の住所→国籍)で判定されます。
Q6: 日本とシンガポールの二重課税を排除する方法は?
外国税額控除制度を利用します。日本で源泉徴収された税額を、シンガポールの確定申告で控除できます(IRASに申告)。逆の場合も同様です。
まとめ:自分でできること vs 専門家に相談すべきこと
自分でできること
条約の基本構造(配当・利子・ロイヤリティの税率上限)、シンガポールの税制メリット(CGT・相続税ゼロ)の理解、出国税の対象となるか(金融資産1億円以上か)の確認は自分で行えます。国税庁・IRASの公式サイトで最新情報を確認してください。
専門家に相談すべきこと
出国税の具体的な計算と納税猶予の申請、シンガポールでの確定申告と外国税額控除、PE(恒久的施設)の判定リスク、日本・シンガポール間の最適な税務ストラクチャー設計は、両国の税制に精通した税理士・会計士に相談してください。
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本記事の情報は2026年3月時点の公式データに基づいています。税率・制度は変更される場合があります。重要な意思決定の前に、必ず最新の公式情報を確認し、専門家にご相談ください。
最終確認日: 2026年3月12日