国外転出時課税制度(出国税)の仕組みを解説。対象者・対象資産・手続きから納税猶予制度まで。ASEAN移住時のシミュレーション付き。
この記事のポイント
ASEAN各国への移住を検討している日本人の方が見落としやすいのが「国外転出時課税制度(出国税)」です。1億円以上の有価証券や投資信託などを保有している場合、日本を出国する際に含み益に対して課税される可能性があります。本記事では、この制度の対象者・条件・手続き・節税方法を、マレーシア・タイなどASEAN移住時の具体例とともに解説します。
国外転出時課税制度とは
制度の概要
国外転出時課税制度は、日本の居住者が出国する際に、一定額以上の有価証券や投資信託などを保有していた場合、その含み益(買値と現在価値の差)に対して課税する制度です。正式には「所得税法第60条の2」に基づいています。
この制度が導入された背景は、日本を離れると税務申告義務が減少するため、多額の含み益を持った資産が税務当局の監視から外れてしまうという問題への対策です。したがって、含み益に対する「保有している間の利益」が出国時点で所得として認識されます。
対象になる資産
国外転出時課税の対象となる資産は以下の通りです:
- 上場株式:国内上場株式、外国上場株式の両方
- 投資信託:公募投信、私募投信(特定投信除く)
- 暗号資産:ビットコイン、イーサリアムなど法定通貨以外の暗号資産
- 未公開株式:発行会社の株主数が1,000人以上の場合
- DCF(社債などの金融商品):発行会社が非居住者である場合
対象外となる資産は:
- 不動産:日本国内の土地・建物(別途譲渡課税の対象)
- 国内銀行の預貯金:現金・普通預金・定期預金
- 生命保険:一般的な生命保険契約(国外転出時課税対象外)
対象者の条件
基本的な適用条件
国外転出時課税が適用される人は以下の条件をすべて満たす必要があります:
- 日本の居住者から非居住者への転換:出国により日本の税務上の居住者から非居住者へ変わること
- 保有資産額の要件:時価1億円以上の有価証券などを保有していること
- 過去10年以内に5年超の居住実績:出国前の10年間のうち、5年を超えて日本に居住していたこと
計算例:対象者判定
ケース1:マレーシアへの移住を検討するAさん(30代投資家)
- 日本の居住期間:過去10年で7年(対象 ✓)
- 保有する上場株式:8,000万円(対象外 ✗)
- 保有する投資信託:3,000万円(対象外 ✗)
- 結論:合計1億1,000万円なので制度対象者
ケース2:タイへの駐在となるBさん(20代会社員)
- 日本の居住期間:過去10年で3年(対象外 ✗)
- 保有する資産:2億円
- 結論:過去10年内の居住期間が5年未満なので制度適用外
納税額の計算方法
ステップバイステップ計算
国外転出時課税の計算は以下の流れです:
ステップ1:含み益の計算
含み益 = 出国時の評価額 - 購入時の取得価格
ステップ2:控除額の計算
- 1億円までの部分:0円(課税対象外)
- 1億円を超える部分:その全額が課税対象
ステップ3:所得税の計算
- 税率:20.315%(所得税15% + 復興特別税0.315%)
ステップ4:納税額
納税額 = (含み益 - 1億円) × 20.315%
計算例
Cさんが1月にタイ移住前に以下の資産を保有していた場合:
| 資産 | 取得価格 | 出国時の評価額 | 含み益 |
|---|---|---|---|
| 上場株式A | 3,000万円 | 4,000万円 | 1,000万円 |
| 投資信託B | 4,000万円 | 5,500万円 | 1,500万円 |
| 暗号資産(BTC) | 2,000万円 | 4,500万円 | 2,500万円 |
| 合計 | 9,000万円 | 14,000万円 | 5,000万円 |
税額計算:
- 課税対象含み益 = 5,000万円 - 1億円 = -5,000万円 → 0円(1億円超の部分がないため課税なし)
別パターン:上記の資産が倍だった場合(評価額28,000万円)
- 含み益 = 1億円
- 課税対象含み益 = 1億円 - 1億円 = 0円
- 納税額 = 0円
さらに評価額が30,000万円だった場合:
- 含み益 = 1億2,000万円
- 課税対象含み益 = 1億2,000万円 - 1億円 = 2,000万円
- 納税額 = 2,000万円 × 20.315% = 約406万円
申告期限と手続き
出国前の申告
国外転出時課税の申告は、出国日の前日までに行う必要があります。具体的な手続きは以下の通りです:
- 期限:出国予定日の前日までに税務署に申告書を提出
- 必要書類:
- 国外転出予定明細書
- 有価証券などの時価評価書
- 出国日を証明する書類(パスポート写しなど)
- 納税方法:申告と同時に納税(分割納税不可)
納税管理人の届出
出国後に連絡が取れなくなるため、以下の対応が必須です:
- 納税管理人の選任:日本に住所がある親族や税理士を指定
- 届出期限:出国前に税務署へ届出(提出は出国前から出国後1カ月以内)
- 納税管理人の役割:税務調査時の対応、追加納税が生じた場合の通知受領
納税猶予制度
制度の概要
国外転出時課税の納税額が高額になる場合、納税猶予制度により最大10年間の分割納付が可能です。ただし、以下の条件を満たす必要があります:
- 猶予額の要件:納税額が1,000万円以上
- 担保提供:動産・不動産などの担保(物納も可能)
- 利息:猶予期間中、利息が発生(年6.0%程度の延滞金相当)
手続きの流れ
- 申請:出国予定日までに「国外転出時課税に関する納税猶予申請書」を提出
- 審査:税務署が担保の妥当性を判断(通常2週間~1カ月)
- 承認:担保が認められれば猶予を許可
- 分割納付:毎年の納付額と期限が決定
活用シーン
マレーシアのMM2Hビザで移住するDさん(資産3億円)の例:
- 含み益:1億8,000万円
- 納税額:3,600万円(1億8,000万円 - 1億円 × 20.315%)
- 猶予の申請:3,600万円 > 1,000万円なので申請可能
- 分割納付:年360万円 × 10年で対応可能
ASEAN各国移住時のシミュレーション
マレーシア移住(MM2H)
MM2Hビザで3年以上の移住を計画するEさんのケース:
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出国時期 | 2026年6月 |
| 保有資産(評価額) | 上場株式2億円、投資信託1.5億円、BTC5,000万円 = 4億円 |
| 取得価格合計 | 2.5億円 |
| 含み益 | 1.5億円 |
| 課税対象(1億円超) | 5,000万円 |
| 20.315%課税 | 約1,016万円 |
| 納税期限 | 出国日の前日 |
推奨対応:MM2H申請と同時に税理士に相談し、納税猶予の申請を検討(1,000万円以上)
タイ移住
タイの投資奨励制度(BOI)で工業団地投資を計画するFさんのケース:
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出国時期 | 2026年5月 |
| 保有資産 | 上場株式1.2億円のみ |
| 含み益 | 2,000万円 |
| 課税対象(1億円超) | 2,000万円(基準超) |
| 20.315%課税 | 約406万円 |
推奨対応:出国前1-2カ月前に申告準備を開始(納税猶予は1,000万円未満なので申請不可)
シンガポール駐在
シンガポール勤務となるGさん(駐在員)のケース:
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 日本居住期間 | 過去10年で4年8カ月 |
| 保有資産 | 5億円 |
| 結論 | 制度適用外(過去10年で5年超の実績なし) |
推奨対応:手数料を支払って国外転出時課税対象者ではないことを事前に税務署で確認
日本との比較:他国の出国税制度
各国の出国税制度との比較
日本だけではなく、他国でも出国時の含み益に対する課税が導入されています:
| 国 | 制度名 | 対象資産額 | 税率 | 納税猶予 |
|---|---|---|---|---|
| 日本 | 国外転出時課税制度 | 1億円以上 | 20.315% | 最大10年(担保要) |
| オーストラリア | Exit tax | 時価に基づく | 関連税率 | あり |
| カナダ | Deemed disposition | 資産時価 | 所得税率 | あり |
| 米国 | Mark-to-market taxation | 2百万ドル以上 | 20% | なし |
| シンガポール | なし | なし | なし | - |
ASEAN含め移住先検討時の注意:日本の納税義務を果たすまで、出国後の資産売却や追加投資の判断は慎重に
よくある質問(FAQ)
Q1:含み益とは何ですか?
含み益は、保有している資産の現在の価値と購入時の価格の差です。例えば100万円で購入した株式が現在150万円であれば、50万円の含み益があります。この含み益は実現(売却)していなくても、出国時に課税の対象となります。
Q2:すでに出国してしまった場合、申告できますか?
出国後の申告は認められていません。ただし、納税管理人を通じて追加納税の処理が可能な場合があります。出国予定がある場合は、必ず出国日の前日までに申告書を提出してください。
Q3:含み損がある場合はどうなりますか?
含み損(購入価格 > 現在価値)の場合、その部分は課税の対象になりません。含み益と含み損を相殺することはできず、資産ごとに含み益のみがカウントされます。
Q4:納税猶予申請が却下される可能性はありますか?
担保として提供できる資産(不動産・有価証券など)が不足している場合、猶予申請が認められない可能性があります。また、税務署が担保価値の評価を低く判定した場合も減額される可能性があります。
Q5:ASEAN移住後、日本の口座に残した預金に課税されますか?
いいえ。国外転出時課税の対象は「有価証券等」であり、銀行預金は対象外です。日本の銀行口座に残高がある場合も課税されません。ただし、口座の維持費や年1回の確認が必要な場合があります。
Q6:出国後、新たに日本株を購入することはできますか?
法的には可能ですが、推奨されません。非居住者になった後の株式購入は、出国後の所得として扱われ、異なる税務ルール(源泉徴収の対象など)が適用されます。出国前に資産構成を最終決定してください。
手続きチェックリスト:自分でできること vs 専門家に相談すべきこと
自分でできること
以下の準備作業は、本人と家族で実施可能です:
準備段階(出国6カ月前)
- 保有資産の一覧を作成(証券会社、銀行から月次報告書を取得)
- 購入日・取得価格の確認(過去の取引記録から整理)
- 出国予定日の確認(ビザ申請日程を逆算)
- 納税管理人候補の確保(親族で可能、ただし日本居住者に限定)
出国前1-2カ月
- 資産の時価評価(取得明細書とともに準備)
- 税務署への相談予約(事前に電話で確認)
- 国外転出予定明細書の書式取得(税務署サイトまたは窓口)
専門家に相談すべきこと
以下の対応は、税理士・弁護士などの専門家に依頼することを強く推奨します:
確定申告・納税申請
- 含み益の法的判定(対象資産の確認、除外資産の判定)
- 申告書類一式の作成と提出
- 納税額の最終確認と納付方法の相談
- 納税猶予申請書の作成(1,000万円以上の場合)
国際税務相談
- 出国後の移住先での税務申告義務(二重課税の回避)
- 国外転出時課税と相続税の関係
- 暗号資産の時価評価(変動が激しいため専門知識が必須)
長期対応
- 納税管理人との連携体制の構築
- 出国後の税務調査への対応(書類整理、返答内容の確認)
- 帰国時の再度の税務申告手続き
まとめ:出国前にやっておくべき3つのステップ
ステップ1:対象者判定 過去10年の居住期間を確認し、保有資産が1億円を超えているかチェック。該当する場合は、出国予定日の6カ月前から準備開始。
ステップ2:含み益計算と申告準備 保有する有価証券の購入日・取得価格を整理し、出国時の時価を確認。納税額が1,000万円以上の場合は、納税猶予申請の検討を開始。
ステップ3:申告・納税手続き 税理士と相談のうえ、出国日の前日までに確定申告を完了。納税管理人の選任と届出も同時に実施。その後、安心してASEAN移住を開始。
出国税は「知らなかった」では済まされない制度です。本記事を参考に、移住を決めたら早めに税務署や専門家に相談することをお勧めします。
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