マレーシア・シンガポール・タイ・インドネシア・ベトナムで資産を持つ日本人のための遺言書作成ガイド。各国の遺言書の種類、作成方法、プロベート手続き、不動産相続の制限、日本との制度比較。
この記事のポイント
- ASEAN各国で資産を持つ日本人は、その国の法律に基づいた遺言書を別途作成すべき — 日本の遺言書だけでは現地の手続きが大幅に遅延する
- 遺言書がない場合、各国の法定相続制度が適用され、手続きに1〜3年かかるケースも
- 国ごとに不動産の外国人相続に制限がある — タイ・インドネシアでは土地所有権の相続不可
- 相続税は国によって大きく異なる:マレーシア・シンガポール・インドネシアは0%、タイは10%(1億バーツ超)
📌 この記事は各国の公式法令・判例情報(2026年3月確認)に基づいていますが、相続法は国ごとに複雑で、宗教法・慣習法が適用される場合もあります。具体的なケースでは必ず現地の弁護士に相談してください。
なぜASEAN各国で遺言書が必要なのか
日本で有効な遺言書(公正証書遺言・自筆証書遺言)があっても、ASEAN各国の資産には直接効力が及ばないのが原則です。
遺言書がない場合に起きること
- 銀行口座の凍結 — 名義人の死亡が判明した時点で即座に凍結。解除にはプロベート(遺産管理許可)取得が必要
- 不動産の名義変更不可 — 裁判所の許可なしに名義変更できない
- 法定相続の適用 — 各国の法定相続制度に基づき分配される(日本の民法とは異なる割合)
- 手続き期間の長期化 — 遺言書がない場合、プロベート取得に1〜3年かかることも
準拠法の基本ルール
各国の国際私法により、以下の原則が適用されます:
| 資産の種類 | 適用される法律 |
|---|---|
| 不動産 | 不動産が所在する国の法律(例:マレーシアの不動産 → マレーシア法) |
| 動産(銀行預金、証券等) | 被相続人の住所地(domicile)の法律 |
つまり、マレーシアに不動産を持つ日本人が亡くなった場合、その不動産の相続にはマレーシア法が適用されます。
国別:遺言書の作成方法
マレーシア
マレーシアでは外国人も遺言書(Will)を作成できます。
遺言書の種類
| 種類 | 特徴 | 推奨度 |
|---|---|---|
| 通常の遺言書(Conventional Will) | 弁護士を通じて作成。2名の証人が必要 | ★★★ |
| 信託(Amanah Trust) | 信託会社を通じた資産管理。生前から効力 | ★★★(高額資産向け) |
| イスラム法に基づく遺言(Wasiat) | ムスリムの場合はファラーイド法が適用 | ムスリムのみ |
作成手続き
- マレーシアの弁護士に依頼(費用:1,000 MYR(約0円) 〜5,000 MYR(約0円) )
- 遺言書を英語またはマレー語で作成
- 2名の証人の前で署名
- 信託会社(Amanah Raya、Rockwills等)に保管を依頼(推奨)
プロベート手続き(死亡後)
- 遺言書あり:High CourtでGrant of Probateを申請 → 通常6〜12か月
- 遺言書なし:High CourtでLetter of Administrationを申請 → 通常1〜2年
- 遺産額がRM 2,000,000以下の場合はAmanah Raya(公的信託機関)が簡易手続き可
外国人の不動産相続
外国人はマレーシアの不動産を相続できますが、州政府の事前承認が必要です。承認には数か月かかる場合があります。
シンガポール
遺言書の種類
| 種類 | 特徴 | 推奨度 |
|---|---|---|
| 一般遺言書(Simple Will) | 弁護士作成。2名の証人 | ★★★ |
| CPF指名(CPF Nomination) | CPF口座専用の受取人指名 | CPF口座保有者のみ |
| 信託(Living Trust) | 生前信託。プロベート不要 | ★★★(高額資産向け) |
作成手続き
- シンガポールの弁護士に依頼(費用:500 SGD(約0円) 〜3,000 SGD(約0円) )
- Wills Act(遺言法)に基づき作成
- 2名の証人の前で署名(証人は受益者であってはならない)
- 弁護士事務所または自宅で保管
プロベート手続き(死亡後)
- 遺言書あり:Family Justice CourtsでGrant of Probateを申請 → 通常3〜6か月
- 遺言書なし:Intestate Succession Act(無遺言相続法)に基づき分配 → 通常6〜12か月
- シンガポールには相続税なし(2008年に廃止)
注意点
シンガポールのIntestacy Act(無遺言相続法)では、日本の民法と異なる法定相続割合が適用されます。配偶者と子供がいる場合、配偶者が1/2、子供が残りの1/2を均等に分配します。
タイ
タイの遺言・相続制度は日本人にとって特に注意が必要です。
遺言書の種類
タイ民商法典は5種類の遺言を認めています:
| 種類 | 特徴 | 推奨度 |
|---|---|---|
| 公証遺言(Notarial Will) | 公証人(Amphur)の前で作成。最も強い法的効力 | ★★★ |
| 自筆遺言(Holographic Will) | 全文手書き。証人不要だが紛争リスクあり | ★★ |
| 秘密遺言(Secret Will) | 封印して公証人に預ける | ★★ |
| 口頭遺言(Oral Will) | 緊急時のみ。3か月後に失効 | ★(緊急用) |
| 外国方式遺言 | 外国で作成した遺言。タイでは裁判所の認証が必要 | ★★ |
作成手続き
- タイの弁護士に依頼(費用:15,000 THB(約0円) 〜50,000 THB(約0円) )
- タイ語で作成することを強く推奨(外国語の遺言書はタイの裁判所で翻訳・認証が必要)
- 公証遺言の場合:地区役場(Amphur/Khet)の公証人の前で作成
- 2名の証人の前で署名
プロベート手続き(死亡後)
- タイでは遺言書の有無にかかわらず、裁判所で**遺産管理人(Estate Administrator)**の任命が必要
- 遺言書で遺言執行人(Executor)を指名している場合、その人物が遺産管理人に任命される
- 手続き期間:通常6〜18か月
外国人の不動産相続(重要)
- タイでは外国人の土地所有は原則禁止
- 相続により土地を取得した場合、内務大臣の承認が必要
- 承認を得ても、1年以内に売却する義務がある場合がある
- コンドミニアム(分譲マンション)は外国人名義での所有・相続が可能(外国人所有比率49%以下の場合)
相続税
- 2016年に導入。相続財産が100,000,000 THB(約0円) を超える部分に対して10%(直系親族は5%)
インドネシア
インドネシアの相続制度は、宗教・民族によって適用される法律が異なるため、最も複雑です。
3つの相続法体系
| 法体系 | 適用対象 | 根拠法 |
|---|---|---|
| イスラム法(Hukum Waris Islam) | ムスリム | コーラン・ハディース、宗教裁判所 |
| 民法典(KUHPer) | 非ムスリム(華人系等) | オランダ植民地時代の民法典 |
| 慣習法(Hukum Adat) | 各地域の慣習に従う場合 | 地域慣習 |
遺言書の作成(非ムスリム・外国人の場合)
- インドネシアの公証人(Notaris)に依頼(費用:5,000,000 IDR(約0円) 〜20,000,000 IDR(約0円) )
- インドネシア語で作成
- 公証人の前で署名
- 中央遺言書登録局(Daftar Pusat Wasiat)に登録
プロベート手続き(死亡後)
- ムスリムの場合:**宗教裁判所(Pengadilan Agama)**で手続き
- 非ムスリムの場合:**地方裁判所(Pengadilan Negeri)**で手続き
- 外国人の場合は通常、地方裁判所での手続きとなる
- 手続き期間:通常6か月〜2年
外国人の不動産相続(重要)
- インドネシアでは外国人の土地所有(Hak Milik)は禁止
- 相続により取得した不動産は、Hak Pakai(使用権)に転換するか、1年以内に売却する必要がある
- 期限内に処分しない場合、国に帰属する
相続税
- インドネシアには相続税なし
- ただし、不動産の名義変更時にBPHTB(不動産取得税)5%が課税される
ベトナム
遺言書の作成
- ベトナムの公証人(Công chứng viên)に依頼
- ベトナム語で作成
- 公証役場で認証
外国人の不動産相続
- 外国人はベトナムのコンドミニアムを50年間のリースホールドで所有可能
- 相続の場合も同様のリースホールド制限が適用
国別比較表:遺言書・相続手続き
| 項目 | マレーシア | シンガポール | タイ | インドネシア | ベトナム |
|---|---|---|---|---|---|
| 外国人の遺言書作成 | ✅ 可 | ✅ 可 | ✅ 可 | ✅ 可 | ✅ 可 |
| 推奨言語 | 英語/マレー語 | 英語 | タイ語 | インドネシア語 | ベトナム語 |
| プロベート期間(遺言あり) | 6〜12か月 | 3〜6か月 | 6〜18か月 | 6か月〜2年 | 6〜12か月 |
| プロベート期間(遺言なし) | 1〜2年 | 6〜12か月 | 1〜2年 | 1〜3年 | 1〜2年 |
| 外国人の土地相続 | ✅(州政府承認要) | ✅ | ❌(1年以内売却) | ❌(Hak Pakai転換 or 売却) | ❌(リースホールドのみ) |
| コンドミニアム相続 | ✅ | ✅ | ✅(49%ルール内) | ✅(Hak Pakai) | ✅(50年リース) |
| 相続税 | 0% | 0% | 10%(1億THB超) | 0% | 10%(1000万VND超) |
| 弁護士費用目安 | 1,000 MYR(約0円) 〜 | 500 SGD(約0円) 〜 | 15,000 THB(約0円) 〜 | 5,000,000 IDR(約0円) 〜 | 要相談 |
日本人の海外資産承継 — 実務チェックリスト
ASEAN各国に資産を持つ日本人が「今すぐ」やるべき準備を、フェーズ別に整理します。
フェーズ1:資産の棚卸し(所要時間:1〜2週間)
- 各国の銀行口座一覧を作成(銀行名、口座番号、おおよその残高)
- 不動産の権利形態を確認(Hak Pakai / Freehold / Leasehold / コンドミニアム)
- 証券口座・投資信託の所在国を整理
- 各口座の共同名義人・受取人指定(Nominee)の有無を確認
- 日本の相続人に各国の資産情報を共有(金庫や弁護士に預けても可)
フェーズ2:遺言書の作成(所要時間:1〜3か月)
- 日本の公正証書遺言を作成(海外資産も含めた包括遺言)
- ASEAN各国の弁護士に連絡し、現地遺言書を作成
- 各国の遺言書が相互に矛盾しないことを確認(「日本の遺言書で本遺言書の対象国資産を撤回しない」旨の文言を入れる)
- 遺言執行人(Executor)を各国で指名
- 遺言書の原本の保管場所を家族に共有
フェーズ3:税務・法務の事前対策(所要時間:1〜2か月)
- 日本の税理士に10年ルールの適用有無を確認
- 各国の不動産が相続制限に該当しないか確認(タイの土地、インドネシアのHak Milik等)
- 必要に応じて信託(Trust)の設定を検討(シンガポール・マレーシア)
- 生前贈与と相続のどちらが税務上有利か試算
フェーズ4:定期見直し(3年に1回)
- 各国の法改正を確認し、遺言書を更新
- 資産構成の変化を反映
- 相続人の状況変化(結婚、離婚、出生等)を反映
日本人が注意すべきポイント
1. 日本の遺言書だけでは不十分
日本の公正証書遺言は、ASEAN各国では直接的な法的効力を持ちません。現地の裁判所で認証を受ける必要があり、翻訳・公証・プロベート手続きに時間とコストがかかります。各国で個別の遺言書を作成することを強く推奨します。
2. 日本の相続税は海外資産にも課税
日本の相続税法では、被相続人または相続人のいずれかが日本に住所を有する場合(10年ルール)、世界中の資産が日本の相続税の課税対象となります。ASEAN各国で相続税がゼロでも、日本側での申告・納税義務が残る可能性があります。詳細はASEAN相続税完全比較2026を参照してください。
3. 複数国の資産は「1国1遺言書」が原則
複数のASEAN各国に資産を持つ場合、各国の法律に準拠した遺言書を個別に作成するのが安全です。1つの遺言書で複数国をカバーしようとすると、各国の裁判所で解釈の問題が生じるリスクがあります。
4. タイの遺留分制度の不存在
タイ民商法典には遺留分(法定相続人の最低保証)制度がありません。日本では法定相続人に遺留分が保証されますが、タイでは遺言書で全資産を特定の1人に遺すことが可能です。これは日本人には意外なポイントですが、資産承継計画の柔軟性を高める要素でもあります。
5. 定期的な見直し
各国の法律は改正される場合があります。特にビザ制度の変更や不動産規制の変更に伴い、遺言書の内容も見直す必要があります。最低でも3年に1回は現地弁護士に確認することを推奨します。
よくある質問(FAQ)
Q1: 日本の公正証書遺言はASEAN各国で有効ですか?
形式的には「遺言の方式に関する法律の抵触に関する条約(ハーグ条約)」により、日本で有効な遺言書は他国でも方式的には認められる場合があります。しかし、実務上は現地の裁判所でプロベート手続きが必要となり、翻訳・認証に追加の時間とコストがかかります。各国で現地法に基づく遺言書を作成する方が効率的です。
Q2: 遺言書なしで海外資産の相続は可能ですか?
可能ですが、手続きが大幅に長期化・複雑化します。遺言書がない場合、各国の法定相続法が適用され、裁判所でLetter of Administrationの取得が必要になります。マレーシアでは1〜2年、インドネシアでは1〜3年かかるケースもあります。
Q3: ASEAN各国で信託(Trust)を活用する方法は?
シンガポールとマレーシアでは信託(Living Trust)が発達しており、プロベート手続きなしに資産を承継できます。特にシンガポールはアジアの信託ハブとして知られ、専門の信託会社が多数あります。ただし、設定・維持コストが高いため、資産規模に応じた判断が必要です。
Q4: ムスリムの場合、相続法は違いますか?
はい。マレーシアとインドネシアでは、ムスリムの相続にはイスラム法(ファラーイド法)が適用されます。ファラーイド法では遺言書で処分できるのは遺産の1/3までで、残りの2/3は法定相続人に分配されます。シャリーア裁判所で手続きを行います。
Q5: 海外資産の相続税申告は日本で必要ですか?
被相続人または相続人が過去10年以内に日本に住所を有していた場合、海外資産も含めて日本の相続税の課税対象となります(無制限納税義務)。各国で相続税がゼロでも日本での申告は必要です。詳しくは税理士にご相談ください。
Q6: 遺言書は現地の言語で作成する必要がありますか?
法的には必須ではない国もありますが、実務上は現地の公用語で作成することを強く推奨します。特にタイやインドネシアでは、裁判所が外国語の遺言書に翻訳・認証を求めるため、手続きが遅延する原因になります。
Q7: 遺言書の作成費用の目安は?
国によって異なりますが、弁護士費用の目安は以下の通りです:マレーシア 1,000 MYR(約0円) 〜5,000 MYR(約0円) 、シンガポール 500 SGD(約0円) 〜3,000 SGD(約0円) 、タイ 15,000 THB(約0円) 〜50,000 THB(約0円) 、インドネシア 5,000,000 IDR(約0円) 〜20,000,000 IDR(約0円) 。複雑な資産構成の場合はさらに高くなります。
まとめ
✅ 自分でできること
- 各国に保有する資産のリストアップ
- 受益者(相続人)の希望する分配方針の整理
- 日本の遺言書の作成(公正証書遺言の作成は公証役場で可能)
- 各国の日本大使館・領事館での情報収集
🤝 専門家に相談すべきこと
- 各国の弁護士:現地法に準拠した遺言書の作成・プロベート手続き
- 日本の税理士:海外資産を含む相続税の申告・10年ルールの適用判断
- 信託会社:高額資産の信託設定(シンガポール・マレーシア)
- 国際相続の専門弁護士:複数国にまたがる資産の包括的な承継計画
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